夏の夜

…………さー。」

…?

ゆすられる

アーサーさん。」

アーサーが目を覚ますと目の前には菊がいた。

菊は藍色のシンプルな浴衣を着ていた。

よく見ると浴衣には椿のワンポイントがついていた。

「これを着てください。」

菊の手には深緑の生地に菊の浴衣と同じくワンポイントの椿の花がついた浴衣があった。

「おそろいなんですよ。」

菊が無邪気に笑って教えてくれた。

アーサーは着慣れない着物で帯を縛れないでいると、菊がそっと縛ってくれた。

手際よく綺麗に結んだあと菊は急かすようにアーサーの手を引く。

 

時間は夜十時。

「こんな時間に何処に行くんだよ。」

さっきまで寝ていたアーサーは眠そうに言う。

「こっちです。」

ちょっと楽しげな答えが返ってきた。

どちらかといえば答えになってない気もするが。

十分ほど歩いてきたところでにぎやかな音がしてきた。

屋台がずらりと並んで人がたくさんいた。

「一緒に行ってみたいなと思って。何処から回りますか?

 

 

パコンッ

「何の音だ?

「アレですね。」

菊が指差した先には射撃の屋台があった。

「射撃とかお上手そうですよね。」

アーサーのほうを振り向いて言う。

自然と二人の足は射撃の音のするほうに向かっていた。

「いらっしゃい。どれ狙う?

「菊は何が欲しい?

「えっ。えっとじゃあアレで。」

指先には両手で包めるぐらいの熊のぬいぐるみがあった。

「分かった。」

アーサーはそれに狙いを定める。

ぬいぐるみが重いのか、なかなか落ちない。

何度か狙っているうちに弾も一つとなった。

アーサーは菊のためになんとしても打ち落とそうと狙った。

コロンッ

そんな音がしそうな勢いでなんとか落とせた。

「よかったね、落とせて。どうぞ。楽しんでいきなよ。」

店の人はニコニコと落ちたぬいぐるみを持って来た。

 

「これとかどうですか?」

菊が足を止めた先には『金魚すくい』と書かれた屋台がある。

幼児用のビニールプールの中にたくさんの金魚が泳いでいた。

「たくさんいるなぁ。」

「破れたら終わりですよ。」

「どっちが多く取れるか勝負しないか?」

「いいですよ。」

二人はそっと破れないようにすくおうとする。

チャポン。

先に穴が開いたのはアーサーだった。

菊のほうを見るとまだ穴は開いていないが上で金魚が暴れて今にも破れそうだった。

「がんばれっ」

アーサーは菊の応援をしていた。

チャポン。

後ちょっとで桶の中に入れられそうだったが穴が開いてしまった。

「あー。」「あー。」

はもって残念そうに菊とアーサーは息をついた。

「残念だったなぁ。一匹まけてあげるよ。どれがいい?

「ホント?じゃあ、これ。」

「ありがとうございます。では、これを。」

二人の顔には笑顔が宿った。

アーサーは黒い金魚を。菊は金色の金魚を選んだ。

「よし来た!

さっさとすぐに金魚をすくっていく腕に二人は見とれていた。

金魚をもらうと二人はお礼を言って屋台から出た。

 

「あのふわふわしたもの、何だ?

一つの屋台の前でアーサーが足を止めた。

「綿菓子ですか?食べますか?

小走りに菊は綿菓子屋に向かった。

「大きいの一つください。」

「あいよっ!」

くるくると割り箸に巻き付いていく綿菓子にアーサーは見とれていた。

「500円ね。まいど!

菊は出来立ての綿菓子を持って再び歩き出した。

「甘いんですよ。」

菊は小さくつまんで口に含める。

一口食べた後、持っていた綿菓子をアーサーに差し出した。

アーサーも恐る恐る食べ始める。

「うまいっ!」

「ですよね。あ、水風船のお店ですよ。」

「水風船?

「えっと『ヨーヨー』ですよ。」

二人は屋台に向かった。

「はじめにぬいぐるみをいただきましたからどの色がいいですか?

ちょっと照れくさそうに菊はアーサーに尋ねる。

「そうだなぁ。これにする。」

白の地の色に深緑と藍色の絵の具で模様のついたものを選んだ。

「ちょっと持っていていただいてもいいですか?

カバンと綿菓子をアーサーにあずけ菊は身を乗り出して引っ掛けようとした。

フックで手元に寄せて器用に引き上げようとする。

「あっ。」

タポンッ。

菊がつぶやいたと同時に紐は切れなかったが引き上げようとした水風船がプールに落ち、菊は少しぬれた。

「大丈夫か?

「どうってこと無いですよ。」

再び気を持ち直してうまく引き上げた。

うれしそうにアーサーに見せた。

「ありがと。」

アーサーは水風船を菊から受け取った。

 

あとちょっとですか。」

「どうした?」

菊のつぶやきは周りの音にかき消されてアーサーは聞き取れなかった。

「あのっ、あっちです。」

ちょっと菊の歩く速度が早くなった。

途中、やけに人の多いところに差し掛かった。

「はぐれるぞ。」

アーサーがつぶやくと菊があわてて振り返った。

「えっと手を引いてもよろしいですか?

頬を染めて菊が聞く。

アーサーはそっと手を出した。

 

少し進むと人は減ってきた。

「そっちに何かあるのか?

「あとちょっとです。」

階段を途中まで上がったところで脱線した。

「ここです。」

高いところで祭りのやっていたところが眺められるぐらいだった。

二人は草の上に腰をおろした。

「なかなか一人で来られなくて。そろそろですよ。」

「何が?

アーサーが聞くと同時に大きな音がした。

振り向くと暗い空には大きな花が咲いていた。

「食べます?

菊の手にはまだ半分も減っていない綿菓子があった。

「じゃ、遠慮なく。」

アーサーの手が綿菓子に伸びた。

二人は綿菓子を食べながら花火を見ていた。

「花火、終わっちゃいましたね。」

「綿菓子もなくなったな。」

アーサーが菊のほうをふと見る―――――

Chu

「なっ!?

「あ甘かったですか…?

菊はそっぽを向いていた。耳まで赤らめて。

「あ―――」

やめとけばよかったかなと菊は後悔していた。

「うん。」

アーサーは驚いていたが笑顔で答えてくれた。

 

菊は縁側で日向ぼっこをしていた。

膝にはポチ。

菊の右には丸い金魚鉢に金と黒の二匹の金魚が入っており、その隣に熊のぬいぐるみが置いてあった。

二匹の金魚は仲がよさそうに一緒に泳いでいた。