「そのうち、この倉庫も壊すだろう。」
父さんがつぶやいた。
目の前の建物は、壁がもろくひびが入り、引き戸はこげ茶の木の格子でできていた。
ふと、その倉庫に目をやると、格子の間から赤く小さく光るものがあった。
「おばあちゃん、この中、入っていい?」
「ええよ。」
重い引き戸を少し浮かせて中へ入った。
倉庫の中はガラクタばかり、赤く光っていたものは自転車のライトだった。
薄暗い倉庫の中を見て歩いた。
父さんが子供のころ描いた絵など、一世代前のものが多くあった。
私は、右手に木の階段を見つけた。
「上がっていい?」
「ええけど、長持ちぐらいしかないよ。」
おばあちゃんと、二階へ上がった。
もちろん電気はあるものの電気が通っていない為、明かりは小さな窓から入る太陽の光だけだった。
まず、目に付いたのは大きな箱だった。
「棺…?」
横になって入れそうな大きさのその箱にはほこりがかぶっていた。
「長持ちだよ、昔は布団をここへ入れていたんだよ。ちょっとそっち持ち上げてみ。」
中には布団と紙。茶色くなった紙は新聞で、「昭和」と書かれていた。
「今も入っていたんだね。」
奥に木でできているタンスを見つけた。これはもっと古そうで、ところどころ引き出しが抜けていた。
中には本。表紙は取れ、中に書かれていた文字も旧字が多かった。
本を手にし、中をぱらぱらと読んだ。横を見ると本を熱心に読む男性がいた。誰だろう・・・。気がつけばそこには誰もいなかった。
次にタンスから見つかったものは、赤と緑の布。手に取ったとき、ボタンが目に見え、心臓がバクバクとなった。
「それは『て』といって、畑仕事をするときに汚れないようにするんだよ。」
おばあちゃんは布を広げ、手に付けた。
ふと、手に赤い布をつけ田植えをしている女性の姿が見えた。おばあちゃんではない。
おばあちゃんが布をたたみタンスへしまった。
棚にはたくさんの箱が置かれていた。
側面には『黒吸物椀 大正四十三年 ○○○○』と書かれていた。
他にも一つ一つにそれぞれ年号と中身と名前が書いてあった。
「おじいちゃんのおじいちゃんの名前だよ。こうしてとってあるんだね。」
箱の中には漆塗りの木の椀が入っていた。
いろんな絵が描いてあるのだが、鶴や亀の絵が描かれたものが多かった。
金が使われていて絵も細かく鮮やかだった。
「骨董品だね。」おばあちゃんが言う。
その箱は棚いっぱいに並べられていた。
有田焼や盃なども出てきた。
出してはしまい、中身を見ていると、隣に丁寧に紙を敷き、皿を重ねて箱に入れる男性がいた。この方が○○さんなのだろうか。
皿は、箱に入っていえども、ほこりをかぶっていた。洗えばつかえそうなものばかり。
「こんなものもあったんだね。」
おばあちゃんが手にしていたものは御膳。
「昔は、卓袱台も無かったからこれに料理を乗せて持っていくんだよ。」
女の子が隣を通り過ぎた。料理ののった御膳を持って、楽しそうに急ぎ足で。振り返ってももちろん誰もいない。
他にも、重箱のようなお盆、布団の綿、ひょうたんや桶も吊り下げられていた。
中にはおばあちゃんでも読めない、漢字ばかりの紙の束があった。読めたのは「御手本」と表示に書かれた文字だけだった。
「**、ちょっと買い物に行くけど、一緒に行く?」
「今日、塾だしまた今度にする。」
一時間にも満たない私の冒険は終わった。
何か、ほこりのかぶるものを持つたびに、そのころの様子が頭に流れる倉庫。時間を忘れて別の時代へいける倉庫。
また、しっかり見ておきたい。できればこのまま残っていますように。
後の話。
おじいちゃんとおばあちゃんに話を聞いた。
ここに住んでいる私たちは継げば十二代目になるでしょう。父さんは十一代目。
私か弟達か、誰が継ぐか分からないけど、この家や古い倉庫となった家。隣の竹林や防空壕。そして、大正・明治頃からあるらしい、今もおいしくいただいている柿の木。
そのほかにも、今あるものが、できる限り、残り続けますように。この窓から見えるものが変わりませんように。大きな蒼い空と翠の山々がずっと。ずっと、見えますように。